私とアフィリエイトとSEO、出会いと別れ偏
何故こんなものを書こうと思ったかというと、「私がSEOの世界に足を踏み入れたきっかけ」と「私がこれからもSEOをきわめる理由」を読んだからです。
別にお二人と張り合おうって訳ではありません(笑)。
「古いことはかなり忘れてきているな」と感じたので備忘録として書いておくことにしました。
1996年に私はローンでパソコンを買いました。確か23万円くらいだったと思います。
新聞やテレビで「インターネット」が紹介され、「きっとここにフロンティアがある」と思ったのです。
当時は事業に失敗したあとで借金を抱えており、「一発逆転」を狙っていました。
「インターネットで商売するというのはホームページとメールを利用するって事だな」ということでホームページの作り方を学び、メールフレンドを作り「ネットビジネスとは何ぞや?」と毎日考えていました。
メディアでは「これからはインターネットビジネスの時代」ともてはやされてはいましたが、アマゾンでさえ利益を上げられないような頃ですのでごく一部で通販で成功しているケースを除けばインターネットビジネスなどまだまだ手探りの状況でした。(但し私が分析できるのは中小・零細企業レベルの話で大手企業においては事情が違ったかもしれません。)
そんな中、唯一インターネットビジネスを成功させている業界がありました。アダルト(ポルノ)業界です。
「アダルト業界がネットビジネスで最先端を行っている」と気付き、徹底的に世界中のアダルトサイトを見て研究しました。
「どうやって集客しているのか」「どうやってお金を使う気にさせるのか」「どうやってお金を回収するのか」などなど・・。
当時はネットでクレジットカードを使うなんてまだまだ抵抗があり、ましてや中小・零細レベルではクレジットカードを扱う術もなかったころです。
そしてアダルト業界で「アフィリエイト」の仕組みを知り、また「集客=検索エンジンを利用する」という事を知ったのです。
まだ「第一世代」と呼ばれた検索エンジンの頃で、殆どキーワード出現率だけで順位が決まっていた頃なのですが、全く関係ないキーワードで検索してもアダルトサイトが表示されることが多く、何故そうなるのかを調べていったのです。
これがSEOとの出会いです。
同時にその頃思いつくままに「ホームページ」を作成していました。
CAR&BIKE NAVIは自動車とバイク関連サイトのリンク集なのですがヤフーカテゴリーにも掲載され、自動車雑誌などでも何度も紹介されました。
また「あなたを株化してみたら」というサイトでCGIの改造を覚え、こちらのサイトも各種雑誌で紹介されていました。
(その頃はハードルが低かったのです)
この時期はサイバーエージェントなどクリック課金のバナー広告配信が始まっており、もてはやされてもいたのですがクリック率が低く儲かりませんでした。
そこにある日、今で言うASPになるのでしょうか、某社から「ISDNのアフィリエイト広告載せませんか」というメールが来ました。
成約単価が5000円ほどだったでしょうか。
「そんな美味しい話がある訳がない」と思ったのですが、CAR&BIKE NAVIに掲載したところ1ヵ月後に1件申込が発生、無事に承認→振込みと「美味しい話」が現実だったのです。
で、結びつきました。
SEOとアフィリエイトが。
「ISDNのHPというかページを作り、アダルトサイトの手法で検索上位に表示されれば儲かるはず」
1999年のことです。
早速ページを作り、当時5~10%位のシェアを持っていた某検索エンジンAを「攻略」。上位表示されると毎日申込が発生しました。
私が参入する前は(記憶はおぼろげですが)ISDNで検索すると半分はアダルトサイトが、残りの半分は私より先に気付いた人のISDNサイト(というかページ)が表示されていました。
で、私はページを大量に生産し検索結果をほぼ独占したのです。
もちろん今の価値観ではその手法も独占したという結果も「ブラックハット」「スパム」ということになるでしょう。
ただ、当時は検索結果が滅茶苦茶だったのです。
弁解がましいので多くは語りませんが・・・。
で、およそ3ヵ月後その検索エンジンが第二世代に進化(?)しました。
私の記憶では検索結果が改善されたとは思えませんでしたが、私のような手法を追い出すことには成功しました。
そこで次は検索エンジンBを攻略。同じくほぼ独占しました。
もちろんこんなこといつまでも続けられる訳がないのでISDNの解説サイトを真面目に(?)作りもしました。が、既にいくつも先行サイトがあったためヤフーカテゴリーには掲載されず、もちろん何れの検索エンジンも「内容」など評価出来ませんので良いものを作ったからと言って上位表示されません。
そして検索エンジンBも第二世代へ。
私は検索エンジンCを攻略。
そしてチャンスが来ました。
多分日本で始めての常時接続サービスだったと思うのですが「フレッツISDN」が始まりました。
幸運にも開始初期からサービスエリアに入っていたのでスグに申し込み、そして「ISDN導入記」を書き、ヤフーカテゴリーに申請→無事掲載となりました。
そして検索エンジンCも第二世代へ。
私は「ISDNはもうスグ終わり、ADSLがスグそこまで来ている」と考えADSLの解説サイトを作成。
ヤフーカテゴリーに掲載。
更に「光ファイバーの時代が来る。」ということでブロードバンド接続のサイトを作成。
これもヤフーカテゴリーに掲載されました。
第二世代検索エンジンはユーザーからも評価されずシェアを落として行ったようです。
またGoogleがアメリカで誕生したのもこの頃だったかと思います。
私の頭からは「SEO」なんて消えており(そういう言葉も知りませんでしたが)、ヤフーカテゴリーに掲載されるためにどうすれば面白いサイトが作れるかを毎日考えていました。
正に「人が見て判断」される訳ですから、検索ロボットなんて眼中から消えていたのです。
SEOとの別れです。